2011/07/07

白駒池







Untitled by shunsei.M
Untitled, a photo by shunsei.M on Flickr.
ここは何度か訪れている。去年の5月に社長と佐藤くんとコッシーの4人で残雪を歩いたのが最初。その時は渋の湯に着いたとたん雪が降り始めた。その後夏に一人で縦走した時に立寄り、そして今年1月に再び社長と。その時は写真のに写っている白駒池のほとりでキャンプした。そして今回が4回目。多いのか少ないのかはよく分からないが、毎回「すげぇ・・・。」と思い、そしてそのままそれだけを口に出している。

そして、やはり毎回感じるのは、帰ってきてからこうして写真にして見ていて「本当にそこにいたのか。」という不思議な感覚。確かに居たから写真に収めているわけなので、疑う余地は無いはずだが、その時見ていたものと、写真になったものがやはり微妙に、決定的に違う。しかも、帰って直後と、時間を空けて見ると同じ写真でも何か違って見えてくる。
体験は薄れて記憶もおぼろげになっていくが、写真だけはよほどの時間の経過(数十年)や圧倒的な喪失(燃えたり」が無ければ、基本的にずっとそのまま。写真体験が勝り始めるとき、そこに写真の強さがると思っている。一方、デジタルカメラやSNSなどが普及した事で、先述のそれとは相反するようなスピードで消費されていく写真もたくさんある。

だから何?って事なんですが、一枚の写真に対して時間(と、お金)をかけるという事は、被写体について、写真について、それに付随するあらゆる事についてちゃんと時間をかけて考えたり思ったり出来るという事。そこを端折ってはどうにも前に進めないのがどうも私の性分のようでございます。その場は軽快なスピードでサクサク更新削除を繰り返して進んでいるようでも、ずっとそこにしかいれない気がしちゃうんですね。
それだけは嫌だから、ちゃんと全部見て時間かかってもしっかり前に進んでいければいいなと思うのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿