2011/05/05

西方浄土

こんにちは
さて、しばらく記事を書けませんでしたが、
実はGWの間、京都今出川にある某カフェで、珈琲修行をして参りました。

東京からトラックの荷台に揺られること8時間。
寝泊まりはドミトリー。
いや、紛れも無く京都です。

まあ平たく言うと、
ネルドリップ(布で落とすやつ)の個人練習だったわけなのですが、
これが難しい!そして面白い。

僕が淹れた炭水のような珈琲が、
オーナーが淹れるとフルーツの味になったり。
同じ豆でもこうも違いが出るものなのですね。
ネルで味の違いを出すのって、とても難しいです。
僕はまだ全て似たような味になってしまう。

そして、珈琲というか、客商売というか、サービスというか、

奥が深い。

とにかく、そのお店には物が少ない。
必要最低限のもので、最高の珈琲のおもてなしを。
この、必要最低限ってのが曲者で、
扱うもの、扱い方は一級品でなくてはならない。

これはお客さんとの距離感においても、まさしくそうで、
喋り過ぎてもいけないし(珈琲で満足させないと)、
過剰な個人ってのは、そこには必要ないんですよね。

意識全てが一杯の珈琲に向かうように。

こう言ってしまうと、昔ながらの喫茶店を想像するかもしれないけど、
別に古いタイプのお店ではないんですよ、むしろ見た目もとても新しい。


6月の山に向けて、珈琲担当としては、課題は山積みです。
でも、珈琲の持つ新しい可能性について考えると、
いやー、ワクワクします。

でもほんと今回は色々考えた。
まとまらないわ。
面白い事をやっている人たちに触れると
意識が外側に広がっていく。
今度は、それを自分でこじ開けて、
自分なりに固定していく作業に入ります。
その繰り返しが、変化し続けるってことなんですかねえ。

まあそんなわけで、しばらく地味な作業に入るんで、
飲みましょう。



to Takuto  from  Shunsei

おかえりなさい。かなり刺激的なGWを過ごせたようで何より。
「必要最低限」ですか。その言葉好きです(笑)
質素、素朴、シンプル。そのどれでもなく。
まず、自身が何を必要としているかを分かっていないと出来ない事なんでしょうね。

少数精鋭と言い換える事は出来るなかなと、ちょっと想像してみます。
マルチプレイヤーを幾多も駒として携え、使い回し、切り捨てていくような事ではなく、
各々の「これだけは任せろ。」と言える部分をしっかりと見極め救い上げる。
一長一短という言葉があるように、ある意味では曲者揃いとも言える。
それら一切を引き受け、とことん付き合って行く。そんな具合でしょうか。

必要最低限のさじ加減は、各々違えど、根源的な部分での普遍ってあるような気もします。
自然である事。

ん〜奥が深い。

takutoの書き込みを見て色々考えれました。ありがとう。

6月のお山珈琲、楽しみにしてます。
倶楽部の宣伝用写真撮れるといいですね。



1 件のコメント:

  1. 修行お疲れ様です!珈琲、山。たのしみだな。

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